遅まきながら、森見登美彦さんの『夜行』を読みました。書評というよりも、その感想と作品の謎に迫る解釈を書いてみたいと思います。

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久しぶりの森見ワールド

森見さんはデビュー時より大好きな作家さんで、『太陽の塔』以来愛読し、周りの人にも勧めてきました。

 

僕と同郷の奈良出身であるということもありますが、それ以上に単純にお話や語り口が面白かったので好きになりました。

新刊が出れば即座に買うってパターンが続いておりましたが、作品でいうと『宵山万華鏡』までで、実はそれ以降上述の習慣は止まっており、今回の『夜行』が久しぶりの森見さんの作品にふれる機会となりました。

『夜行』のあらすじ

10年前、京都の英会話スクールに通っていた年齢の違う男女5名が登場人物で、そのメンバーが「鞍馬の火祭り」を見に行くことを目的に、10年ぶりに京都に集まる。

集まったメンバーは、主人公の大橋、先輩の中井さん、年下の武田くん、女性メンバーの藤村さん、最年長の田辺さんで、実は同じメンバーで10年前に「鞍馬の火祭り」を観に行ったのであるが、その折に同じく英会話スクールに通っていた仲間の長谷川さんという女性が失踪する。

 

「長谷川さん失踪」という事件をそれぞれが胸に抱えながら、10年ぶりに一堂に会した元英会話スクールのメンバーたち。

10年前と同様、「鞍馬の火祭り」の日に集まり、宿に到着したところで、それぞれが過去にあった出来事を話すという態で、4つの物語が語られる。

 

その物語は岸田道生という画家が描いた「夜行」という銅版画に出会うということと、日常的な解釈では理解できない不思議な体験をするという点において、共通点を持っている。

 

それぞれの話は独立した話としても読め、各挿話ともに謎が謎のまま放り出され、結末まで書かれることはない。

そして、そられの未解決の話が終章で回収されることもない。それぞれの話をつなぐものとして、岸田道生の銅版画がその要素となっている。

 

全体の印象でいうと、SF、ホラーで、森見作品でいうと『きつねのはなし』『宵山万華鏡』の系譜にあるといえると思います。

作品世界の解釈

ここからはネタバレ的な要素もあるので、そのあたりが気になる方はお気をつけください。

 

作中に出てくる岸田道生の「夜行」という作品は、尾道、奥飛騨、津軽といった感じに描かれた場所がタイトルにつけられ、48の連作になっているという。

その「永遠の夜を描いた」夜行シリーズに対をなすカタチで、ただ一度きりの朝を描いた「曙光」という作品があるという(作中、その「曙光」を見た人は一人もいない。あくまで噂として語られている)

 

そして、主人公の大橋にスポットが当てられる終章で、仲間たちと鞍馬山に行った際、大橋は一人はぐれてしまうことになる。

その後、大橋ははぐれた仲間を探すが、やっと電話がつながり、会う約束をした中井さんに「この十年間、君は失踪していたんだよ」と言われる。

 

大橋がもといた世界では、岸田道生は三年前に死んでおり、長谷川さんは失踪している。しかし、自身が「失踪してた」といわれたもうひとつの世界では岸田道生は生きており、あろうことか長谷川さんと結婚している。

そして、大橋自身が10年間失踪していたことになっていた。

さらにいうと、「夜行」という連作は描かれておらず、前にいた世界とはテレコに「曙光」という連作が描かれている。

 

ひとまず上記のことから、「夜行」と「曙光」という表裏一体をなす作品が、パラレルに進む二つの世界の扉(出入り口)になっているとも読める(「夜」の世界に「朝」は存在しないというか、「夜行」の世界では「曙光」は噂だけで見た人はいないし、「曙光」の世界では「夜行」の構想を練ったことはあるが、つくっていないと作者の岸田自身がいう)

僕の推理

「第四夜 天竜峡」で、田辺さんが岸田と仲良くなって、京都の木屋町でいっしょに飲んでいるシーンがある。

このシーンの時間軸は、長谷川さんが失踪した「鞍馬の火祭り」があった年の暮れ、夜の木屋町での出来事だ。

 

失踪事件のことは岸田も知っており、というかそもそも「あの夜には僕も鞍馬に行ったんだ」と語る。

そこで、田辺さんが長谷川さんのことを「自分だけの「夜の世界」を胸に秘めているような人だ」と語った後、以下のような会話が交わされる。

 岸田は「興味深い人だね」と言った。「そういう人は『神隠し』に遭いやすい感じがする」

「天狗にさらわれたとでも言いたいのか?」

「場所が場所だからね。それに祭りの夜でもある」

「俺は信じないからな、そういうの」

「まあ、たとえばの話だよ」

ここで重要だと思うのは、長谷川さんが失踪した「鞍馬の火祭り」に岸田道生も来ていたということ。それと、その長谷川さんを称して、「そういう人は『神隠し』に遭いやすい感じがする」と岸田が指摘していること。

 

ちなみに、大橋が失踪したことになっている「曙光」の世界では、同じ「鞍馬の火祭り」で岸田と長谷川さんが再会を果たしている(その前の岸田の挿話で、高校生時代の長谷川さんと岸田が尾道で会っていることが語られる)。

 

また、「最終夜 鞍馬」で「曙光」の世界に生きる岸田が自身の留学中の話として、貴族の娘に横恋慕した銅版画家が、そのありあまる想いのためその娘を殺し、そのゴーストが彼がつくった銅版画に現れるという挿話を語る。

 

上記のことを踏まえ、ここからは僕が考えた仮説ですが、「夜行」の世界で岸田は恋心を寄せる長谷川さんを10年前の「鞍馬の火祭り」の日に殺す。

そして、ちょうどその年の冬からイギリス留学中(先の恋い慕う娘を殺した銅版画家のエピソードが浮かび上がります)から温めていた「夜行」という連作に取りかかる。

 

「世界はつねに夜なのよ」といった長谷川さんを殺し、その後「永遠の夜」がテーマの連作を描き始めた岸田(つまり、作品に出てくる顔のない女性は長谷川さん。ちなみに、「第四夜  天竜峡」に出てくる女子高生は、岸田の作品に描かれる女性を見て、「岸田さんはこの人に恋をしていたのね」と言っています)

ちなみに、その第四夜の女子高生の言葉を受け、佐伯は「しかし俺はこの絵を眺めていると恐ろしくなる。こいつが岸田を連れていったのかと思うとね。どうして『夜行』というタイトルなのか分かるかい。百鬼夜行の夜行だよ。岸田の描いた女はみんなさ鬼なのさ。だから顔がない。こいつらは岸田の魔境で生まれた怪物で、最後には絵から抜け出して岸田を喰っちまったんだ。あいつには本望だったんだろうがね」と語る。

 

そして、その連作が完成したとき、自らが「永遠の夜」を体現するように死を迎える(この世界で二人が結ばれることはないので、「曙光」は描かれることはない)。

岸田は、イギリスの銅版画家と同じように、殺した女性によって殺される。しかしそれは愛する女性で、佐伯がいうように岸田本人にとっては「本望」だったのかもしれない。

 

まあ、一般的なことばっか書いててもおもしろくないので、十全じゃないかもしれないけど自分なりの解釈を書いてみました。ほかにもいろいろな読み方はあると思いますが。

 

男女の物語

ホラー、ファンタジーというのが同作のカテゴリーになると思いますが、「男女の物語」という見方もできるように思いました。

 

各章とも男女が主要なキャラクターとして登場し、「尾道」では中井さんと奥さん(と、雑貨屋にいる女性と、その旦那であるホテルマン)、「奥飛騨」では武田君と先輩(増田さん)と、美弥、瑠璃の姉妹。

「津軽」では、藤村さんとその夫。「天竜峡」では田辺さんと女子高生。そして、全体に通底する主人公の大橋と長谷川さん。

 

そして、物語中、男女二人以上のものは邪魔者であるかのように、最終的に横によけられる(増田さんと瑠璃しかり、「津軽」の児島君、「天竜峡」の佐伯など)。

 

この男女二人が結ばれたとき、最終章がそうだったように「曙光」の世界となるが、物語中の「現在」である「夜行」の世界では、必ずしもそうはうまくいかない。

しかし、最後の最後で「夜行」の世界に戻った大橋は、「曙光」を目の当たりにする。作品じゃなくて、本物の曙光を。

 

全体的に暗いトーンのある作品ですが、最後に希望の可能性としての「曙光」が現れるのが、ひとつの救いになっているようにも思います。

まとめ

『夜行』についてどうこういうつもりはありませんが、個人的に森見さんは「非モテ系」のコミカルな作風のがやっぱり好きだなと思いました。

『夜行』や『きつねのはなし』みたいな幻想的なのももちろんいいんですけどね。

 

あとは、登場人物たちが集まって、過去を振り返る流れで物語が進むっていう古典的な手法が、古典的だからダメとかじゃなく、個人の好き/嫌いの問題として、あまり好きではない感じです(森見さんの作品がどうのというわけではなく、フォーマットの問題として)。
上記のことともかかわってるかもしれませんが、純文メインで久しぶりにエンターテインメント系を読みましたが、やっぱ自分は純文系の方がしっくりくるなと思ったりしました。

上の回想シーンを多様するということだけでしっくりきてないことかも如実ですが、内容云々ではなく、なんか予定調和なこの作られた感じがしっくりこない(良くも悪くも保坂信者なので、悪い面が出てるのかも^^;)

 

『夜行』以外の森見さんのおすすめの本、いくつか挙げておきます。

デビュー作の『太陽の塔』ですごく好きになり、『四畳半神話大系』『夜は短し歩けよ乙女』なんかは発売されてすぐに買ってました。『宵山万華鏡』くらいまではずっとそんな感じだったんですけど、そこからしばらくちょっと遠のいて、今回久しぶりの森見さんの新作に触れた感じでした。