広島東洋カープの赤松真人外野手(34)が先日胃がんであることを発表。1月5日み広島市内の病院で腹腔鏡(ふくくうきょう)による胃がんの切除手術を受けたようです。

赤松真人プロフィール

出身地/京都府京都市伏見区
生年月日/ 1982年9月6日(34歳)
身長/182 cm
体重/ 75 kg
投球・打席/右投右打
ポジション/外野手
プロ入り/2004年 ドラフト6巡目
経歴/平安高等学校→立命館大学→阪神タイガース (2005 – 2007)→広島東洋カープ (2008 – )

立命館大学時代は産業社会学部産業社会学科に在籍し、歌手の倉木麻衣と同じクラスだったそうです。関係ありませんが、僕の友だちにも同い年で立命館に通っていた子がいて、赤松を応援していた子がいました(学科は別)。

赤星、赤松の赤・赤コンビは幻に

赤松選手は2008年にFA移籍した新井貴浩選手の人的補償で阪神から広島に移籍したわけですが、正直このときやられた!と阪神ファンの一人としては思いました。個人的に足の速い選手が好きというのもありますが、それ抜きにして期待していた若手の一人だったからです。

二軍でですが入団一年目から大活躍し、打率.363、 7本塁打、29盗塁で、いきなりウエスタン・リーグ首位打者・盗塁王・最多得点・最高出塁率の4冠を達成します。

当時のタイガースはかなり強い時期で(赤松入団1年目の2005年にはリーグ優勝)、選手層も厚く、外野は金本、赤星、外国人(もしくは桧山)となかなか若手が入り込んでいく隙はありませんでした。

 

ただ、唯一といっていいウィークポイントというか、攻撃面で少し弱かったのがセカンドの藤本です。鳥谷が入団したことでそれまでショートのレギュラーだった藤本が押し出され、2003年の優勝時にセカンドを守っていた今岡は守備の負担を減らすためにサードへコンバート。浮いたセカンドに藤本が納まったカタチでした。

2005年のシーズンに関しては右の関本と左の藤本がセカンドで併用されていました。二人ともいい選手ですし、特に関本は打撃もすばらしいものを持っていましたが、そこへもってきて思いのほか打撃がよく、足も使える赤松がポジション争いに加わり、もしレギュラーを取ったりしたら、一段と野手陣が充実するとワクワクしていたのでした(1番赤星、2番赤松、もしくはその逆の1、2番赤・赤コンビで合計80~100盗塁くらいしてくれたら、めちゃくちゃ楽しい野球になると密かに思っていました)

そんなことをその年のシーズン終盤くらいに考えていたら、秋季キャンプで赤松のセカンドへのコンバートの話が出て、実際にも練習に取り組んでいましたが、最終的にその計画は成就しませんでしたね。

 

広島での活躍

その後、阪神では伸び悩みましたが、広島に移籍後は一時レギュラーを獲得する活躍で、2010年にはゴールデングラブ賞も受賞。最近では代走、守備固めでの出場が多くなっていますが、2016年のカープ優勝にもサブメンバーとして大きく貢献しました。

ちなみに、広島移籍1年目の2008年、4月29日の巨人戦で、プロ入り初となるホームランを先頭打者本塁打で飾ります。翌日の試合でも1番で起用された赤松はまたしても先頭打者ホームランをかっとばし、「プロ第1、2号が2試合連続初回先頭打者本塁打となったのはプロ野球史上初」のことだそうです。

ついでいにいうと、先頭打者ホームランじゃないけど、さらにその翌日もホームランを打ち、「プロ初本塁打から3試合連続本塁打」を記録をしています(こちらは1990年の石井浩郎以来の記録)。

 

このときは赤松が覚醒したーとうれしく思いましたが、下手に長打力があるのが仇とならないかなと心配もしたのですが、その兼ね合いは難しいところですね。

ちなみに、この年(2006年)の阪神・今岡は絶不調で、「僕の方がホームラン数多いんですよー」と試合前に赤松が阪神ベンチの今岡をいじりにいったことが記事になっていたように記憶しますが、それ読んで微笑ましい気持ちになりました(記憶違いだったごめんなさい)

赤松選手の手術は無事に成功

球団発表によると、1月5日に胃癌の切除手術を受け、無事に成功。1〜2週間で退院予定で、退院後1〜2か月で運動が再開できる見込みだそうです。ひとまず、うまいこといったみたいでよかったです。

 

余談ですが、ネット上で赤松選手の息子さんが「赤松すぎる」と話題になっていました。確かに、めっちゃ似ています。

ご家族のためにも一日も早く元気になって、またグランドに戻ってきてください!