って、いまさらのように書きましたが、先月、芥川賞候補と直木賞候補が発表されました。山下澄人は好きな作家の一人なんですけど、今回は四度目の候補。みごと受賞となるでしょうか。

 

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第156回芥川龍之介賞候補作品、直木三十五賞候補作品

【第156回芥川龍之介賞候補作品】

加藤秀行(かとう ひでゆき)  キャピタル  文學界 12月号
岸政彦(きし まさひこ)  ビニール傘 新潮 9月号
古川真人(ふるかわ まこと)  縫わんばならん  新潮 11月号
宮内悠介(みやうち ゆうすけ)  カブールの園  文學界 10月号
山下澄人(やました すみと)  しんせかい  新潮 7月号

 

【第156回直木三十五賞候補作品】

冲方丁(うぶかた とう)  十二人の死にたい子どもたち  文藝春秋
恩田陸(おんだ りく)  蜜蜂と遠雷  幻冬舎
垣根涼介(かきね りょうすけ)  室町無頼  新潮社
須賀しのぶ(すが しのぶ)  また、桜の国で  祥伝社
森見登美彦(もりみ とみひこ)  夜行  小学館

 

やっぱり山下澄人さんがエントリーされている芥川賞が気になっていますが、正直、候補作はどれも読んでいないので、作品の良し悪しがわからないのはもちろん、受賞予想とかをするわけでもないんですけど、山下さん受賞するといいなーくらいの感じです(社会学者の岸政彦さんも気にはなっていますが)。

というわけで、山下澄人さんの最初に出た単行本『緑のさる』を再読してみました。

山下澄人プロフィール

山下澄人(やました すみと)

1966年兵庫県生まれ

富良野塾二期生。劇団FICTION主宰

2005年『ヌードゥルス』で岸田國士戯曲賞ノミネート。

2011年に小説『星になる』(群像)、『水の音しかしない』(文學会)を発表。同年、あらゆる垣根を外した活動をとYAMASHITASUMITO+59をスタートさせ、現在月に数度、札幌において『Lab』と名付けた演劇の集まりを開催中。

 

※『緑のさる』(平凡社)プロフィール欄より

 

上記以外では、2012年「ギッちょん」で第147回芥川賞候補、同年初の創作集『緑のさる』で第34回野間文芸新人賞を受賞。2013年「砂漠ダンス」で第149回芥川賞候補。同年、「コルバトントリ」で第150回芥川賞候補。2016年、『鳥の会議』で第29回三島由紀夫賞候補、「しんせかい」で第156回芥川賞候補。

緑のさる

山下澄人が倉本聰の富良野塾出身というプロフィールを目にし、物語性の富んだ作風をイメージされた方もいるかもしれませんが、そんなことはありません。なんというか、非常に説明しにくい作風です。

 

葬儀屋でバイトしていて演劇もやっている主人公(タナカ)が冒頭の場面で稽古場に向かう。この日は稽古場で劇団メンバーのサカタの話を聞く約束になっていたのだが、メンバーであるノジマヨウコも、肝心のサカタも来ない。2時間後、「今日は行けません」とノジマヨウコからメールが来て、その7分後にサカタから電話がかかってきて、「俺、劇団やめるわぁ」と言われる。それだけに留まらず、サカタとノジマヨウコが付き合っていること、実は主人公とノジマヨウコも付き合っていて夏に別れたわけだが、二人はそれより以前から付き合っていたことを告げられる。

と、あらすじのようなものを紹介しましたが、普通の小説なら、この三角関係を機軸に物語が進んでいったりするのかもしれませんが、サカタとノジマヨウコはこの後ほとんど出てきません。

 

んで、視点というか、場面もどんどん変わっていく。前触れもなく。

上記の稽古場の場面、電話を切ったあと主人公は寝転がって天井を見た後、雨の音を聞きながら目を閉じる。その文章のあと、改行があって「あの青いテントが見えた」とあって、また改行後、「雨の中の川原に、青いテントが建っていた」という文章が始まり、そこからテントの話になって、テントの中の下にある暗闇に下りて、真っ暗な中、目を閉じたり、明けたりしていたら「白が見えて」今度は病院の描写が始まる。

時間・視点を断りもなく移ったりする手法は別に新しくもなんともなく、ありがちといえばありがちですが、これらの各場面が単にイメージの書きなぐりではなく、小説の他の場面と有機的に結びついていたりします。

(よく、山下作品は「唐突なイメージの積み重ね」「つじつまがあっていない」などの批判が出ますが、批判・肯定の是非はおいといて僕もそのような印象を持っていましたが、今回再読してみて、各イメージがものすごくちきっとつながってますやんと思いました)

あらすじ、のようなもの

「緑のさる」は8つの小段から構成されています。

1 青いテント/2 赤いシャツ/3 クジラ男/4 キンバラ/5 浜で/6 ピンクネグリジェ、レッドパジャマ/ 7 ぎそくの夢/8 緑のさる

2「赤いシャツ」は、主人公がバスで海に行ったところから始まる。冒頭、サカタとノジマヨウコに裏切られた主人公がネットカフェに泊まり、朝に家とは反対方向の電車に乗り、降りた駅からバスに乗ってやってきて、昼過ぎに海に到着する。

そこの突堤で、赤いシャツを着た男が、白い作業服の男をシバイているのを遠くに目撃する。最終的に白い作業服(キンバラ)はパンツ一丁にさせられ、海に落ち、そこに向かって赤シャツがピストル(?)を打つ。見てみぬふりを主人公はするが、しばらくあって「おい」と声をかけられ、振り返ると赤シャツが立っていて、棒キレでなぐられる(殴られる描写はない)。

その後気を失い、起きた主人公はバスで来たことを思い出し、バス停に向かうがすでにその日のバスはなくなっており、浜でバスの始発を待とうと海の方に戻る。浜辺で見つけた洞窟に入っていくと、その中で幻のクジラを探している「クジラ男」と出会う。

で、このクジラ男が住む洞穴が、1「青いテント」で出てきたテントとつながり、クジラ男のテントから外に出ると川原で、主人公のタナカはそこから家に戻る。家に戻ってしばらくすると人の気配があり、様子を見に行くとそこにいたのがキンバラだった。そこで、二人は突堤での出来事を話し合う(キンバラがイケやん(=赤シャツ)の女であるミっちゃんに手を出したのがバレたのが、ボコられた原因)。

「5 浜で」「6 ピンクネグリジェ、レッドパジャマ」の解釈が難しい感じで、ひとまず夢的なものの話として、最後の「8 緑のさる」で、1から続いている現実の世界につながる。

奔放なようで構築的

ちょっと説明が唐突だったので整理しておくと、「葬儀屋でバイトしていて演劇もやっている主人公」が稽古場にいって、仲間に裏切られ、海に行くところまでは「現実の世界」と認識できる。ターニングポイントは、タナカが赤シャツのイケやんに殴られたところで、それ以降はいろんな解釈が可能だ(例えば、殴られて気絶したタナカの夢とか)。で、その現実世界に再びもどってくるのがの「8 緑のさる」だ。

じゃ、2の途中から7までの間に起こった、いろいろ辻褄のあわないおかしな出来事は、夢オチということなのかというとそうじゃないというか、逆にそれが夢オチだったらつまらないというか、たいして面白くもない小説だなと思ったんだけど、その2~7までのことが8の現実にいろいろとつながっているのが面白かった。

 

8の冒頭でタナカは目が覚める。その後いろいろあって海から戻った日の話が終わったあと、葬儀屋のバイトの話になって、タナカは新しく職場に来た義足をつけた事務員の女と付き合い、結婚する。

実は義足の女の話はタイトルからもわかるように「7ぎそくの夢」で出てきていて、ただこのの話題はキンバラが見た夢の話で(その話をしているキンバラは、もしかしたらタナカの夢の中の登場人物かもしれない)、義足の女性の名前も同じではないんだけど、まあ普通に読んだらつながっているように読める。

これだけにとどまらず、8のタナカが起きたシーンで、防波堤を越えた進行方向に三階建てのコンクリートの建物が見えて、その三階の開いた窓から「黒く見える人間」が見るわけだが、この建物も人間も「6 ピンクネグリジェ、レッドパジャマ」に出てきてたり(建物はイケやんの会社で、「黒く見える人間」はそこで働いているとおぼしき黒人)、まあ、いろんな符合があっておもしろい。

 

で、8のタナカと女が結婚したあたりから物語内の時間が進むスピードがおろしく速くなるんだけど、1年後にシンノスケという息子ができ、その後自身の出世とともに息子の成長が半ページくらいで語られ、高校を卒業するとシンノスケは漁師になりたいといって家を出る。そっからさらに年月は進み、ミチコと名乗る女からシンノスケの居場所を知らないかと連絡が入ったことでシンノスケが漁師なんてとっくの昔にやめて行方がわからなくなっていることを知るのだが、その二年後に警察沙汰になったシンノスケと何年ぶりかに再開する。そこで見たシンノスケは「ヤクザに見えた」という風貌に成り果てていて、それがイケやんの姿とかぶる(シンノスケは赤いシャツを着ている)。

その後、タナカは肺がんに犯されて死ぬわけだが、その病院の描写は当然のように1の病院のイメージにつながる。また、空を飛ぶ「巨大な飛行船」の描写も出てくるが、これは2で海に着いた直後や、何度か出てくるイメージだ。

 

こんな風に、各場面が有機的に結びついているからいい作品なのかというとそう単純なものではないけど、「奔放」「支離滅裂」といったよくいわれるイメージに反して、非常に構築的だなという感想をもちました。

こういった作風の最後って、けっこう考えさせられるというか、良くも悪くもスカッしないことが多いですが、8の疾走感(数ページで何十年間という時間が進む)とこれまでのふにゃふにゃしてた夢みたないものと現実がつながっていく様がけっこう爽快で、意外とすっきりとしたカタルシスも読了後に感じることができました。

山下澄人と保坂和志

山下さんの小説を語るときに保坂和志の名前は切っても切れないのでその話も書こうと思っていましたが、ちょっと今日の時間がなくなってきたので、また別の機会に。ちなみに、今回山下さんが芥川賞を受賞すると、磯崎憲一郎、柴崎友香に続き、保坂門下生では三人目の受賞ですね(柴崎さんを門下生といっていいのかわかりませんが、それに近い存在ではあると思いますので)。

青木淳悟の「クレーターのほとりで」みたいな作品が受賞しないように(こちらは三島署賞候補でした)、山下さんのような作風はなかなか芥川賞を受賞しにくそうですが、なんとか取れるとめでたいですね。

 

直木賞に関しての触れられませんでしたが、森見登美彦さんはデビュー作の『太陽の塔』のときから愛読しています。同郷だし、受賞したらめでたいけど、冲方丁とか恩田陸とか、ライバルが強豪ぞろいで、どうなるでしょうか。