若者の海外離れがいわれて久しいですが、バックパッカーでの一人旅、海外放浪は学生や若者の定番ではあるでしょう。という僕自身は特別海外志向が高かったわけでもありませんが、21歳のときヨーロッパを少しばかり放浪しました。

インターネットの普及などによって、もしかしたらバックパッカーのあり方も時代とともに変わってきてるかもしれませんが、何かしらの参考になることもあればということで、自身の体験談を綴ってみようと思います。

バックパッカーとして旅に出た理由

これは非常に明確です。大学2年生の終わり頃から大学がおもしろくないなあって感じになってて、辞めたいモードが横溢していました。3年次の春学期が始まり、心機一転がんばってみようと最初の一週間の授業はまじめに全部出ました。

しかしながら、どの授業もまったくおもしろいと感じず、唯一楽しかったのが一般教養科目の美術だったという結果を踏まえ、これはもうあかんな、辞めてしまおうかしらん、とけっこう本気で考えたのでした。

ただ、バイトとかだったらどうも相性が悪いし思ってたのと違ったから1か月で辞めますとかいうのもできるけど、大学となるとそう簡単にもいきません。親も猛烈に反対してくるでしょう。

 

で、春学期が始まった2週目の月曜日の朝、家を出る前に玄関で靴を履いていると、ちょうど外から戻ってきた母親が僕の横を通り過ぎる際に「あのさ・・・」と声をかけました。ここで「大学辞めようと思うねん」というと、朝からけっこうもめることになりそうだったので、とっさに「大学休学しようと思ってるねん」と僕はいいました。

「なんで?」「いや、ちょっと、学校休んで海外に行こうかなと思って」「え、どこ行くの?」「まだ、どことかは決めてないけど、インドとかかな」とか、そんな会話を交わしました。答えた内容はその場の即興ですが、まんざらまったく考えていなかったわけでもありません。

 

そこから改めてきちんと話し合い、正式に休学することになって、大学にも手続きを行いました。んで、すぐに海外に行ったのかというとそんなことはなくて、まずはお金を貯めようとアルバイトに精を出しました。一月20万ちょっとくらい稼いだんで、4~5か月で100万くらい貯まる計算です。実際にはいろいろ使ってしまったりして(当時、CDとか服をよく買ってました)予定通りにはいきませんでしたが、まあなんとか100万くらいは貯めて、その年(1998年)の11月末に旅立ちました。

行き先はインドじゃなくて、ロンドンです。

ロンドン、リバプール、アイスランドが目的地

同じ年の夏くらいにインドに行った高校時代の友だちがいて、ここでインドに行っちゃうと二番煎じみたいになるな、できたら他のところを・・・と考えたときに出てきたのがロンドンでした。

ビートルズをはじめとするUKロックが大好きだったし、ロンドンのファッションも好きだったので、ちょうどいいわとあまり深く考えることもなく行き先を選定したのでした。

だいたい2か月くらいの予定でしたが、こちらも特に詳しい行程を事前に練るということもなく、ばくっとロンドン行って、ビートルズの故郷のリバプール行って、余裕があればスコットランドも行こう。んで、オーロラが見たいからアイスランドにも行こうと、これくらいのことは考えていたわけですが、逆にいうとこれくらいのことしか考えてませんでした。

宿もその時々だと思って、ひとまず初日と翌日の宿だけ行く前に予約し(ユースホステル)、ANAの格安航空チケット(往復8万円!)でロンドンに向かいました。

真冬のロンドンで野宿!?

初日の宿をとったのはアールズコートで、ヒースロー空港から電車で20分くらいのところだったと思います。空港に着いたのは夜の8時~9時くらいで、そこから出国手続きやらなんやかやあって、アールズコート駅に到着したのは22時前後のことでした。

そこから宿に向かうという段取りになるわけですが、先に書いておきますと、僕はびっくりするくらいの方向音痴です。迷ったとき、正解と思う方にいくとだいたい間違っているというのがいつものパターンで、このときもだいたいそんな感じでした。

今の時代のようにスマホがあればグーグルマップと現在地情報を照らし合わせながら、なんぼ方向音痴な僕でもたどり着けたと思うのですが、ガイドマップに乗ってる簡素な地図一枚、初めての土地、しかも夜中という悪条件のなか、宿探しはなかなか難航しました。

そういうときは人に聞くのが一番ということで、ロンドン到着初日であまり状況もわかっておらず、英語もろくに話せない僕でしたが、状況的にそんなこともいうてらへん感じだったので、駅の改札から出てきた人に「エクスキューズミー」とかいいながら思い切って声をかけたのですが、聞く人、聞く人、みなさんが「わからない」との返事・・・。

あるお祖父さんに聞いたときには、「ごめん、わからない」といったあと、「It’s very cold」とおっしゃって、まさにめちゃく寒い日だったのです。季節は11月末、緯度的にロンドンは北海道よりも高く、普通にめちゃくちゃ寒かった。駅周辺で5、6人に声かけ、ことごとく不発に終わったとき、これは初日から野宿か、と最悪のケースが頭をよぎったというか、そういうことも想定しておかないといけないかな、なんてことを思ったのですが、いかんせんこの寒さです。公園で寝るとかも難しいというか、たぶん無理でしょう。

わー、どうしようと思いつつ、心身とも疲れた僕はとぼとぼと駅の中に戻り、壁際に荷物を置くと、その上に腰掛けました。時間は23時を回っていたと思います。改札から出てくる人の回数、人数もどんどん減っていって、言うてる間に終電になりそうです。

これ終電になったら、駅の中から追い出されるのかな。いよいよそんなことを真剣に考え始めたとき、終電間近の電車がまた駅に入ってきて、数人の人が改札から出てきました。

美人のお姉さんに救われる

ふと顔を上げると、改札から出てきた数人のうち、先頭を歩くのがすごく美人のお姉さんでした。僕は立ち上がりました。腹が決まったのです。あのきれいな人に声かけて、彼女が「知らない」となったら、もう今日は野宿しよう。どこで?って問題もあるけど、それはそのときにまた考えよう。そう意を決して、お姉さんに近づいていき、声をかけました。

僕が指し示したガイドブックの地図を今までの誰よりも熱心に眺め、しばらくしてお姉さんは僕に何か言いました。早口の英語で僕は聞き取れませんでしが、お姉さんはガイドブックを僕に手渡し、私について来いって感じの仕草をして歩き始めたので、なんかよくわかんないけど連れってくれるやーと思って、僕はお姉さんの後に従いました。

歩いている道中、お姉さんといろいろ会話しました。といっても僕の英語は全然ダメな上、旅に出た後しばらくたったら最低限のコミュニケーションくらいはなんとか取れるようになりましたが、このときは初日で、リスニングもまったくダメ。それに気づいたお姉さんが、途中からめちゃゆっくりと話しかけてくれたのですが、まあ会話といっても、どこから来たの? 何をやってるの? みたいな他愛もないものが中心でした。

で、肝心の宿の話ですが、ようよう話を聞いていると、どうやらお姉さんは僕の予約した宿の場所を知らない(そもそも場所を聞いただけで、予約したことも伝わっていない)。だた、その会話の中で、「20 pond」っていう単語は聞き取れました。その限られた情報をつなぎあわせ、お姉さんのお話の内容を僕は次のように解釈しました。

私はあなたが言ってるホテルは知らない。だけど、泊まるところがないのは大変。よかったら、あなたが払える範囲のお金(=£20)で一晩私の家に泊めてあげるわよ。

えー、いいんですか。と思うとともに、予約してる宿は先払いだったのでその分のお金は損になるけど、そんなことを言ってる状況ではなかったので、全然問題ない。そんなことよりも、いきなりこんなきれいなお姉さんと夜を一緒に過ごすことになるなんて。わー。なんだか知らないけど、エリック・クラプトンの「ワンダフル・トゥナイト」という全然好きでもない歌が頭をよぎりました。とりあえず、20ポンド全然払えますというのを伝えるために、財布からお金を出し、これでOKなんですか?と逆に尋ねました。

 

するとお姉さんが怒って、「夜中に外で現金を出したらダメ。危ないから」と。えー、お姉さんが20ポンドって言うたんですやん、と思いつつ、改めて話を聞いてみると、以下が正解文でした。

私はあなたが言ってるホテルは知らない。だけど、泊まるところがないのは大変。だから変わりに他のホテルを私が探してあげる。お金はいくらくらまでだったら払える? 20ポンドくらいはいけるかな?

まあ、普通に考えたらこっちの方が一般的というか、話として筋が通ってるわけですが、初めての異国の地、さっそくのトラブルなどで若干テンパってた僕が、英語ができないことをいいことに願望の入り混じった勝手な解釈した感じで、まあ上述してるように地に足がついていない状況だったので多めにみておいてください。

現れたのはすごく豪華なホテル・・・

しかしながら、正解がわかったらわかったで、お姉さんはなんて優しい人なんだと思いました。おそらく仕事帰りの疲れている夜中の遅い時間に、どこの馬の骨ともわからん日本から来た英語もろくにできない学生のため、いっしょに宿を探してくれている。そのうえに、こちらの身をおもんぱかって宿泊代のことまで気にしてくれてるし。てか、20ポンドってユースホステル級で、下手をしたらそれより安い。

そんなに安い宿なんてあるんかいなと思いつつ、その後もお姉さんに誘導されるままにしばらく歩いていくと、こことかどうかしら? 立ち止まったお姉さんが手をホテルの方に差し伸べ、それにつられるように見上げると、めっちゃ豪華なホテルが建っていました。

いや、めっちゃ豪華は言い過ぎですが、外観もしっかりとしている趣のあるホテルで、パッと見た感じ一泊一万円以上はする感じで、少なくとも20ポンド(当時のレートで2000円ちょっとくらいだったと思います)では無理な感じでした。もし英語がきちんと話せたら、「いやお姉さん、さすがにここは高級すぎるというか、20ポンドとかでは無理そうなんで止めときます。ただ、遅い時間に他に候補もないようでしたら、あまり迷惑をかけるのも悪いですし、ここでも大丈夫です」とか言うところですが、実際はというと、たいした言葉も発することができず、ずんずん進んでいくお姉さんに追従するだけ。

しかし、こんな良さげなホテルにつれてきてもらって大丈夫なんかなあ、と思いつつ、フロントへと続く玄関前の階段をお姉さんの後に続いて上ったのでした。

(つづく)