第156回芥川賞に山下澄人さんの「しんせかい」が選ばれました。4回目の候補で、みごと受賞です。

画像元:マイナビニュース

 

「しんせかい」は読んでない

芥川賞のことについてはいろんなところで書かれていると思うので書きません。

というか、『しんせかい』まだ読んでません。

(この前近くのジュンク堂に買いにいったけど、売り切れだった。というと、めちゃくちゃ売れてたんかと思われるかもしれませんが、棚に一冊あったのが抜けてた感じで。ただ、芥川賞受賞で売れるでしょうね、というか、たくさん売れるといいですね)

 

じゃ、何か書くねんというと、少し前に書いた芥川賞候補のなかに山下澄人さんの名前が」という記事の続きを書こうと思います。

上記の記事で、「山下さんの小説を語るときに保坂和志の名前は切っても切れないのでその話も書こうと思っていましたが、ちょっと今日の時間がなくなってきたので、また別の機会に」と最後に書きましたが、それを書こうかなと。

 

山下澄人と保坂和志

山下さんが小説を書き始めたきっかけは保坂さんだそうです。

ご本人が言っておられたので間違いありません。

 

『緑のさる』という山下さん初の単行本で、山下澄人×保坂和志の刊行記念対談の付録がついています。そこにもそのことが書かれているので引用してみます。

山下 僕がそもそも小説を書こうと思ったのは、保坂さんの『小説の自由』を偶然読み始めたのがきっかけなんです。そのときは保坂さんがどんな人が全然知らなくて。それで1回目読んだときは全然意味がわからなかった。

保坂 (笑)。

山下 読むのにとにかく何か月もかかって1回読んで、読み終わってまたすぐ頭に戻ってというやり方で3~4回読んで、読むごとに面白くなった。その本に紹介されていた『ペドロ・パラモ』『やし酒飲み』なんかも、そういう小説があるってことをそのときに初めて知って探して読みました。で、すげー面白かった。それまでは小説って面白くないと思ってたんです。自分で書くなんてことも思ってなかった。それから保坂さんの本を片っ端から読んだ。一番決定的なのは『書きあぐねている人のための小説入門』で、「あ、これなら俺でも書ける」って(笑)。

保坂 『書く気のない人のための小説入門』になったわけだ。

山下 すごい覚えてるんですけど、あの本の一番最初にクラスみんなで作文を書いたときの話が・・・。

保坂 卒業文集ね。

山下 その卒業文集にみんながありがちな六年間の思い出を書くなかひとりだけ『四年のとき ながしの すのこで ころんで つめをはがして いたかった』と書いた人がいて、それをみんなが笑ったって話なんですけど、でもそれが唯一小説の出だしとして使えるって書いてあったんです。

少し補足しておくと、卒業文集を書くとき、判で押したように「桜が満開のなかをお母さんに手を引かれて歩いてきた六年前が、昨日のことのように思い出されます」「四月からは希望に胸をふくらませて、中学に進みます」みたいなことを書くんだけど、その中でひとり、M君だけは、「流しの簀の子で転んで、爪を剥がして痛かった」ことを六年間でもっとも強烈な出来事=書くべきこととして思い出し、それを書いた。

 

もし小説の書き出しに使えるとしたら、これだけだということが『書きあぐねている人のための小説入門』の冒頭に書かれています。

 

それを読んで「すごいなあ」と思った山下さんは、小学校のときの卒業文集を引っ張り出してきて、そのなかでひとつだけ「激烈に面白い」のを発見する。

山下 (前略)その学校のボロい木造校舎のことだけを延々と書いてるんですよね。それがどんだけボロかったか、どんだけイヤだったか。それらを読んで、もしかしたらこういうのなら自分でも書けるかなって。そんなノリで書き出したから物語の筋立てを作るとかそういうこともまったくしてなくて、だから書いてる途中は「これ他人が読んで面白いのかな。独りよがりなんじゃないだろか」って思ってました。書きあげた今でもありますけど。

 

ここのところを読んだとき、僕はわーってなりました。『書きあぐねている人のための小説入門』の冒頭の「四年のとき ながしの すのこで ころんで つめをはがして いたかった」のところにこんなに反応している人がいるなんて!って喜び。

 

実は僕もここを読んだときにすごく面白いって思ったというか、ちょっと感動に似たものを感じて、実際にいろんな人に勧めてみたりもしたんですけど、たいした反応は返ってこなかった。

 

だから、この箇所に大きく反応して、それどころか実際に小説を書いて、それが面白い作品であるということに驚くとともに、ちょっとうれしい気持ちになったのでした。

 

ちなみに、ここ読んで僕も文集を探したわけではありませんし、小学校のときのじゃなくて高校のときのですが、なんか3年のクラスでつくった文集みたいなのが出てきたときに読んでみたら、ひとりすごく面白いのがありました。

 

ちょっと記憶が曖昧ですが、独特の気の抜けたような文体で、確か彼女と神社かなんかにいって、石焼イモを買って、それを食べたみたいな話だったんですけど、なんかその独特の言い回しと、イモを食べる話をただ書いているのが面白かった。

 

そもそも学校の行事でもないし、百歩譲って彼女とのデートのこと書くにしても、卒業旅行的にディズニーランドに行ったとか、そうじゃなくてもクリスマスに行った食事の話とか、他にもっといろいろあるやろと思わずつっこみのひとつも入れたくなるのですが、奇をてらってないそのほのぼのした感じがすごいよかったのを覚えています。

 

山下澄人が出たことで『書きあぐねている人のための小説入門』が完成した!?

つーか、芥川賞か、せめて受賞作の「しんせかい」の話、それも無理やったら無理やりにでも倉本聰の話しろよって声が聞こえてきそうですが、あえて『書きあぐねている人のための小説入門』の話を続けてみたいと思います。

 

ちなみに、この本はタイトルからも推測できるかもですが、小説作法の本です。

ただし、一般的な小説作法の本とは違い、キャラクターの作り方、プロットがどうこうとかそんなことは書かれてなくて、もっとふわっとしてるというか、心構えであったり、モノの見方、小説の捕らえ方みたいなことについていろいろと書かれています。

保坂さんの一連の作品を評して、批評家の渡部直己が対談で「僕はいくつかの場所でクリエーティブ・ライティングの授業をやっていて、小説のいろいろな技法について教えているんです。描写にしても回想にしても場面構成や時間処理についても、しかるべき技術の蓄積があるんだからそれを使いなさいと教えて、そして最後に「今まで教えてことを全く使わなくても稀にいい小説を書ける」と言って、あなたの名前を出す(笑)」と語っていますが、そんないかにも保坂さんらしい小説作法の本になっています。

 

つまり、小手先の技術的なことよりも、常識とされているコードからいかに自由になるか、みたいなことの方が大切なんだってことが書かれています(めっちゃ端折った説明になってますが)。

結果的に『書きあぐねている人のための小説入門』というタイトルが邪魔をする感じになりますが、小説を書く・書かないに関係なく、「常識とされているコードからいかに自由になるか」という意味合いにおいて、読むと視野が広がるというか、モノを見る視点、考え方が広がるんじゃないかと思って、それもあっていろんな人に勧めたのでした(繰り返しになりますが、期待していたような反応はありませんでしたが)。

 

ちなみに、アマゾンの『書きあぐねている人のための小説入門』のレビューを見ると、賛否がけっこうわかれています。受け取り方は人それぞれなので、各意見に対してあれこれいうつもりはありませんが、否定的な意見のなかに「テクニックが書かれていない」「小説の指南書になっていない」みたいなのがありましたが、この本の良し悪しの判断は置いとくとして、あれだけ本文で小説とは小手先の技術的なものじゃないって書いてるのに、「テクニックが書かれていない」という反論はどうなんだろと思いますが、ここまでいくと逆にちょっと面白く思いました。

 

『書きあぐねている人のための小説入門』のあとがきに、次のようなことが書かれています。

 ところで、この本の最大の特徴は未完成ということだ。

(中略)

これは「小説の書き方の本」なのだから、この本を読んで刺激されて、読者がいままで考えていなかったような小説への向かい方ができるようにならなければ、完成にならないのだ。

本として完成されていても、そんなのは「閉じられている」だけで、小説家が実際に生まれなければ「小説の書き方の本」にはならない。つまり、小説家が生まれることではじめてこの本は完成される。

だからこの本は、読んでいるあいだに、読者がいままで考えたことがなかった(見えていなかった)新しい題材を発見して、書きたくなるように書いてある。

この本は完成する。

と、私は断言しておきたい。

 

山下さんが芥川賞とったから「完成」って話じゃなく、すでにこれまでに何作もいい作品を書かれているので、その時点で『書きあぐねている人のための小説入門』は「完成」したんじゃないかと思います。

もちろん、山下さんだけではなく、これを読んで、書き始め、デビューした人が他にもいるかもしれませんし、いろんなカタチの「完成」が生まれているかもしれませんが。

本当の無手勝流

京都のレコード&古本屋さん100000tアローントコで保坂さんと山下さんの対談があったのは、もうかれこれ5年くらい前のことになるかもしれません。

そのとき、お坊さんじゃないけど、頭を丸めて袈裟姿だった方が、いろんな作家の名前を挙げて質問された折、「僕ほとんど読んでないし、今あげられた作家も一人も知りませんし」みたいなことを山下さんはおっしゃっていました。

 

そこへもってきて、その当時出ていた作品を読んで、本当の天然というか、無手勝流だなと思いました。

深沢七郎を思い浮かべましたが、超無手勝流っぽい深沢七郎でもそれなりに習作を積み重ね、一見無茶苦茶っぽいけどけっこう技巧的だったりするので、いいのか悪いのかわからんけど、山下さんは本物の天然なのかもしれん、と思ったのを思い出します。

 

ただ、芥川賞取ったとかに関係なく、作家として着実に成長されていっているみたいで、山下さんの今後の作品がますます楽しみです。次回作にも期待ですが、ひとまず「しんせかい」買ってきます。

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